なんのおはなしかわかるかなぁ〜〜〜
11月のらぴす「小さな世界〜どんな場面にしようかな?〜」
11月のらぴす「小さな世界〜どんな場面にしようかな?〜」
11月のらぴす「たまごをぽんとわりまして〜中身はなあに?〜」
11月のらぴす「たまごをぽんとわりまして〜中身はなあに?〜」
11月のらぴす「川のほとりに〜想像して描こう〜」
11月のらぴす「川のほとりに〜想像して描こう〜」
例えば・・・不幸にして、無知なわたしに乱獲された小さなさかなたち・・・想像のはなしですが・・・ず〜っと山の上の源流で、さかなのおかあさんが命がけで産んだこどもたち。「元気に大きくなってね」と送り出されたこどもたち。なまずのおじさんや、水草のおばさんたちに「気をつけてね」と見送られたこどもたち。「よぉ〜し、みんなっ、海を目指すぞ!」と励まし合って川を下っていったわけです。せめて、もっと良いひとに掬われていたなら・・・素晴らしい世界を見ることができた。想像しましょう・・・たったひとつの行動でも巡り巡っていくこと。無知なわたしに掬われたばかりに・・・。後悔しています。ただひとつ、無知なわたしへの救いは、後悔する能力が残っていること。後悔することは成長すること。
11月のらぴす「川のほとりに〜想像して描こう〜」
川といえば・・・忘れたくても忘れられないチグリス・ユーフラテスやら黄河やら・・・ええ、テストに必ず出た世界四大文明発祥の地・・・。文明が生まれるのに地理的な好条件・・・でも、川ってイメージを膨らませやすいってこともあったと思います。桃太郎の桃が流れてきたり、カッパが泳いでいたり・・・人生を川に例えたり・・・ごつごつの石が川の流れとともに削られて丸〜くなるように、ひとも年を重ねていけば性格も丸くなっていく(これはど〜かなぁ〜?って最近思ってますが)とか・・・とにかく想像力がなければ始まらない、何事も。
11月のらぴす「川のほとりに〜想像して描こう〜」
小さい頃、岡山の倉敷におばあちゃんが住んでいまして、その周辺によくわからない親戚がどっさり・・・。夏休みなんかには長期滞在してあちこち泊まり歩いた記憶があります。美観地区の倉敷川のほとりには蔵屋敷なんかあって、とてもいい感じ・・・もうちょっと田舎のなんとかという(?)川に行けば小さい魚がた〜〜っくさん。暇なわたしはそこで魚を乱獲し・・・(あ・・・と言っても「魚でもすくっておいで」と与えられた水槽の掃除なんかのときに使う小さい小さい網でですよ。)「こんなに獲ったよ〜〜〜っ」意気揚々帰ると・・・「ここに入れなさいね」と指差された金魚の水槽。「はぁ〜〜い」と素直に入れた直後・・・。その驚愕の展開は、酸いも甘いも噛み分けたおとうさんおかあさんはお察しかと思いますので、ここでは控えさせていただきます。
最近、驚愕の展開というか、「おおっ!!」という面白い展開を見せてくれるこどもたちがやや少なくなったような(あくまでもやや、ややです)、そんな気がしています。「あと何描いたらいい?」「さあ〜」「これでいい?」「まだまだ」「これでいい?」「もうひとおし」「これでいい?」「もっとかんがえて」・・・無難に仕上げようなんてせずに、もっともっと絵の中で遊んでごらん。「これでいい?」なんて言葉は出ないはず。
こどもびじゅちゅかん in church
こどもびじゅちゅかんinどうぶつびょういん
残念なお知らせですが、一年間ほど作品を飾らせていただいていたどうぶつびょういんが10月いっぱいで閉院されます。で、今週中に作品も引き上げます。ガイ動物病院さん、たいへんお世話になり、ありがとうございました。



































