10月のらぴす「空間アート〜前景・中景・後景〜」
10月のらぴす「空間アート〜前景・中景・後景〜」
10月のらぴす「空間アート〜前景・中景・後景〜」
昔、とある教会の牧師さんに聞いたことがあります。キリスト教にもいろいろあって・・・私はカトリックとプロテスタントぐらいのざっくりとした分類しか知らなかったので、「あの〜、牧師さんのキリスト教ってどんなキリスト教なんですか?」「そうですね〜・・・カトリックとプロテスタントの中間みたいな、まあ、中途半端なといえば中途半端な。でもね、中途半端だからこそ、キリスト教全体の集まりみたいなときには議長なんか務めます。」「ほほお〜」・・・てな話を聞くと中途半端もそう悪くはない・・・あっちとこっちの橋渡しみたいな役割を担えるんじゃないか・・・要は中途半端を自覚して、様々な物事を素直に見つめ、尊重し、より良いものを謙虚に学び取る姿勢が大切なのだ!と思うのです。
10月のらぴす「空間アート〜前景・中景・後景〜」
昨日は台風の影響で大荒れでした。あちこちで運動会も延期になって、残念でしたね。前日にあるらぴすっこのお母さんが言っていました。「中途半端な天気が一番困るんですよ〜」そうそう、わたしも覚えがあります。ほんと運動会や遠足の日の朝の中途半端な天気には、ヤキモキするもんです。人間も中途半端な人間がいちばんやっかいです(そうそう♪}わたしみたいな♪)。中途半端は中途半端としての自覚をもたいないといけません。実るほど頭を垂れる稲穂かな・・・誰ですか!?あれは反り返ってると思ってたひとはっ!?
しかし、この世の空間には中途半端なものがいっぱい。すべてを都合良く区切る境界線など見えやしません。「はあ〜い、せんせえの前には何がある?」「机っ」「マーカーっ」「ハサミっ」「じゃあ、後ろには?」「壁っ」「ゴミ箱っ」「北海道っ」・・・みんないろいろ言ってくれました。でも深〜く考えるとまだまだありそう。この世の空間は中途半端なものたちにまみれているのです。
9月のらぴす「ローラーであそぼう〜手間ひまかけて重ねてみよう〜」
9月のらぴす「ローラーであそぼう〜手間ひまかけて重ねてみよう〜」
あっと言う間に9月も後半。ご近所さんたちに出会うと決まって「暑いね〜」「いつまでも暑いね〜」「あ、はい・・・そうですね〜」と交わしていた言葉が、「寒いね〜」「いつまでも寒いね〜」「あ、はい・・・そうですね〜」に移行するのもさほど遠い話ではないでしょう。実をいうと、この夏あまり「暑い」とは思っていなかったのですが、そうふられると、そう返すのが礼儀かと・・・。
それはさておき・・・「せんせえ、今日何するの〜?」「ひ・み・つ〜」「また秘密やっ」これがまあ教室で挨拶のあとに決まって交わされる言葉です。「目的」だとか「結果」だとかを予め示さずに、素材を楽しむところから始めることが多いです。その方がいろんな発見があるような・・・できればわたしの狙いを超えた展開をしてほしいのです。
で、「あ、はい・・・そうですね〜」みたいな無難な返しばかりしていないで、「あっ、はいっ・・・この勢いやったら冬はコート着て熱中症対策せなあきまへんなぁ」ぐらいにお茶目な返しで笑いをとる・・・ってキャラでもないのでわたしはやめておきましょう。
(最近某所である放送作家の方から「ほぼ満点!」と、わたしの考えた「ぼけ・つっこみ」に高評価いただきました・・・プチ自慢)
9月のらぴす「片段ボールであそぼう〜くねくねまがってコロコロコロ〜」
またでたぁ〜・・・って感じの片段ボールです。今回はみんな大好きビー玉転がしを作りました。
さて、こちらは月曜クラス。土台に絵の具を塗って、丁寧に丁寧に片段ボールを貼っていきます。いつも言うことですが、工作で肝心なのは落ち着き。特にボンド仕事は落ち着いて一発勝負!!ですよ。
勝負といえば・・・小学生のみんなは、そろそろ運動会の練習が始まっているようです。運動会といえば・・・わたしの兄は小学校の教師でして、その運動会を見に行ったことがあります(よほど暇だったんでしょうね)。確か「撮影禁止」だったような・・・。それによるひとつの効果でしょうか、驚くほどの違い(わたしが知る範囲の運動会との)を発見しました。声援と拍手の大きさです。感動的でした。
見知らぬ子どもたちの運動会で、わたし(周囲からは誰やねん?って感じ)は危うく(?)感動の涙を流しそうになったのであります。
9月のらぴす「よ〜くみて描こう〜色画用紙にじっくりと〜」
8月のらぴす「ワイヤーワイヤー〜まげてのばして自由自在〜」
小さい頃・・・たぶん幼稚園に入るか入らないかぐらい・・・わたしはある日突然「編み物をしよう!」と思い立ち・・・なんとか毛糸は見つけたのですが・・・はて?どうやって編み始めるんだ???ってことで、いろいろ考えた結果・・・そうだ{/ひらめき/}と、グチャグチャにこんがらがった毛糸のかたまりをつくり、そこに少しずつ絡めていくという方法に行き着きました。「つくり目」なんて技があったなんて、その頃はまったく知らなかったのです。
さあ、今回用意した細〜いワイヤーはとっても便利。好きなように曲げられるし、巻き付けたり絡めたり、自由自在です。で、カゴを編むことにしました。みんな以前他のの素材で正統派?のカゴを編んだことはあるのですが、それとはまたちょっと違って、なんかごちょごちょやっているうちにカゴになってしまう・・・って感じかな?

便利っていえば・・・便利なものがあふれているこの時代・・・考えなくてもいろいろできちゃう。でも考える習慣がないと、無理だなって思ったらすぐにあきらめちゃう・・・で、そのうちに「やりたい」って思ったことすら忘れてしまう。やっぱり考える時間は必要です。考えれば、いろんなことに気づきます。ほんの小さなことが巡り巡って、いろんなところにいろんな影響を及ぼしたりすることとか・・・。わたしは全然立派なひとではありませんが、ごちょごちょ考えた分は、ちょっと得しています。これホント。自分で考えたことは結構いつまでも覚えている。






































